イスラーム文化−その根柢にあるもの (岩波文庫)のレビュー

イスラムを知りたい人の必読書
今の中高年の人たちは「イスラムは砂漠の宗教」と教えられ、あるいは思いこみ、
何かアンタァチャブルな、不可思議なものと敬遠しがちなような気がするが・・・。

そういう意味でも、井筒先生の一般向けイスラム入門書は楽に読みながらも、
納得することの多いまさに必読書。

小生はイスラム教は本音と建前を上手に使い分ける「商売人の宗教」で、現代の
イスラムは「アラブ人流のグローバリゼーションの原理」のような気がしているが
・・・。

この本を読んで、溜飲を下げたような勝手な気持ちに浸っている。

この本の最大のメリットは、イスラムの誕生をアラブ人の歴史や生活から説き起こし、
その後の発展をアラブ的なもの、イラン的なもの、ズーフィズムをきちんと区別しつつ
説明してくれることにあると思う。

とても面白かった
講義録のせいか読みやすかったです。先生も書いているように、イスラム文化の目に見える制度というよりも文化の根底にある考え方がわかったような気になりました。井筒先生の本は難しそうですが。とても興味があります。もっと読みたいなああああ。
イスラーム解説の書であるとともにイスラーム弁護の書です
昭和56年(1981)の3回の講演録をもとに著者自身が書物にしたものですが、
興味深い内容であり、いまの時代にも通用する質を備えていると思います。

I 宗教
II 法と倫理
III 内面への道

I イスラームが砂漠の殺伐とした不毛の地でうまれた宗教では無かったという主張が、砂漠の遊牧民と都市の商人のメンタリティの違いから説き起こされ、コーラ ンを軸にイスラム教の宗教としての特徴が説明されます。この、イスラム教は砂漠の民の宗教ではないという主張は、本書の通奏低音をなしており、要所で何度か登場するものです。著者がイスラム教について多くを知らない日本人聴衆に強くアピールしたかった事のようです。

II では、ムハンマドの預言の性格の変化 - 前期メッカ期の終末論的な重々しい性格と後期メディナ期の肯定的な性格を元に、神と人間の関係、人間と人間の関係という分かりやすい切り口で、法と倫理の背景が説明されます。来世も現世も神の支配下にある「聖俗不分」の原則 から、法源論や政教分離の不可能性などに言及される部分(P.141-152)は特に興味深く、法と道徳に関心のある方はこの部分だけ読んでも何か得られるものがあるかもしれません。

III は、異端のシーア派の神秘主義であるスーフィズムにスポットを当てて解説した部分です。

要約するのも惜しい本ですが、個人的には上記をポイントとして理解し、一読しました。

自分はこの書を、こちらから身をかがめてイスラム教を理解しようとする人を前提にした書であると思いました。オイルショックを経て、日本も利害関 心上イスラム圏を理解する基礎を求めていたという時代の要請もあると思いますが、この印象がぬぐえません。

世界宗教を自任しているイスラム教は、残念なことに、イスラム教の一部の人々が西欧や米国で発生させているテロで、世界的に関心を持たれる動機 となっている部分があると思います。イスラム教は「啓典の民」でもない日本人やその他の世界の人々、通商や文明的な利益でつながっている人々に対して、みずから自分達の大義が何かを説 明・説得してもいいのではないか、と考えるのは私だけでしょうか。
イスラムを知ろう。ムスリムを知ろう。
 イスラム文化圏とそれを精神的に支えているイスラム思想は一体何ぞや?・・・と短時間で要点を捉えて理解したい方にとっては本書は最高のテキストになるかと思います。また、色メガネなしで彼らムスリム達と友好を結びたい方にとっても良き指南書となると思います。
 一口に「イスラム思想」と言っても、全く別個の宗教から生まれた訳ではなく土台にユダヤ思想がある事は確かな様です。(例1、商業取引における契約の重要性をはっきり意識した宗教である。2、存在に聖なる領域と俗なる領域とを原則として区別しない、生活の全部が宗教であると見なす。3、偶像崇拝を徹底的に排除する。)・・・これらの教えはユダヤの聖典「タルムード」にも見られる。
 本書には「旧約聖書」に出て来る神「ヤハゥエ」も、「コーラン」で説かれる「アッラー」もイスラームの考えによれば全く同じ1つの神であると書かれていました。イスラム教の教祖ムハンマドはヘブライ人が神と契約を結んでおきながら、背き去った(偶像崇拝をして、そのため国が滅亡した?)その同じ契約を新たに神と結び直して、今度こそそれを完全に履行して「神を畏れる」?人々を再びこの地上に出現させる・・・のが宗教的使命であると確信していたそうです。
 しかし、現在のイスラム社会は「スンニー派の共同体的イスラーム」、「シーア派的イスラーム」、「スーフィズム(イスラム神秘主義者)」の3者がひしめき合い、お互い一歩も譲らないそうです。・・・私個人的にはスーフィズムのファンですが(笑)
転機をむかえている?イスラーム
唯一神を絶対とする考えと態度は、多神教あるいは無神教といわれる日本人にはなかなか理解できない。対極にあるイスラーム世界の行動原理をかいま見れる良書である。

イスラームの考えは、我こそ絶対。イスラームは唯一絶対の「永遠の宗教」であり、神が色々な形で現れ、多くの「啓典の民(ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教)」を成立させてきた。

 イスラーム共同体というものは、単にイスラーム教徒だけでできている
 共同体ではなくて、イスラーム教徒が一番上に立ち、その下に複数の
 イスラーム以外の宗教共同体を含みながら、一つの統一体として機能
 する大きな「啓典の民」の多層的構造体

イスラームは自分がてっぺん故、本来、改宗を強要しない寛容な宗教であり、キリスト教を庇護の下においた時代には、異教税のような金はとりつつも、信仰の自由を許したこともあるようだ。しかし、ユダヤ教については事情が違う。

イスラームは、イスラエルのユダヤ人を、神との契約を結びながら履行しなかった背信者と位置づける。あらたにその契約を神と結びなおし、今度こそそれを完全に履行し「神を怖れる(=信ずる)」人々を再び地上に出現させる。それはイスラームの使命である。

 「イスラエルの子らよ、わし(神)がかつて汝らに施してやった恩恵を憶い起すがよい。
  わしとの契約を履行せよ。さすればわしもまた汝らとの契約を履行しよう。(コーラン)」

イスラームの大原則は「聖俗不分」であり、炊事洗濯からお祈りまで、すべて行動は神(コーラン)の思し召しのままに。パレスチナ(イスラーム)がイスラエルを攻撃するは必然、となってしまう。

一方のイスラエルは、オバマ政権の誕生に配慮しパレスチナへの侵攻は休止したものの、総選挙で右派・宗教勢力が伸張し、イスラームへの対決姿勢を強めている。

クリントン米国務長官は就任後初の外遊先で日本を訪問した際「イスラーム世界とは、テロリストと峻別して意見を交換していく必要がある」と述べたようだ。イスラームにとっても、如何に多様な現実世界と信仰のバランスをとっていくかは今日的な課題であり、大きな転機をむかえていると思う。

しかし、宗教だけでかくも根深い。
宗教と、民族と故郷と聖地とめぐるパレスチナとイスラエルの混乱は続きそうだ。