コーラン 上 岩波文庫 青 813-1のレビュー
回教徒の理解
イスラム教というものを、日本人の神道、仏教徒(及び仏教系の新興宗教)の大多数は理解しようとしていない。その突破口として、コーランを読みその内容に触れることは大きな意味があると考えます。
旧約聖書との類似性、キリスト教徒への近親感と反感、土着宗教との確執迫害、宗教儀式、最後の審判などが記載されているかと思えば、子供の授乳期間や生活習慣の改善方法が記載されている。
イスラムの神学校の青年達は、この多岐に渡る内容を、神学的にどのように勉強しているのか興味は尽きません。
三宝に帰依して現世の業からの解脱を説く仏教経典との違いを感じて欲しい。
旧約聖書との類似性、キリスト教徒への近親感と反感、土着宗教との確執迫害、宗教儀式、最後の審判などが記載されているかと思えば、子供の授乳期間や生活習慣の改善方法が記載されている。
イスラムの神学校の青年達は、この多岐に渡る内容を、神学的にどのように勉強しているのか興味は尽きません。
三宝に帰依して現世の業からの解脱を説く仏教経典との違いを感じて欲しい。
これがコーランというものか
イスラム教について全く無知だった私が最初に手に取って読んだのが本書です。
読んだ感想としては、信仰者と不信仰者のそれぞれの末路が、はっきりと書かれていて驚きました。(地獄の劫火と楽園)もしも、コーランに書かれていることが真実であるならば、日本人の大半は地獄行きということになります。そう考えると少し、いや、かなり不安になってきました。読んでいて怖くなりました。復活と最後の審判は来るのでしょうか。本当のことを知りたいと思う今日この頃です。
コーランが放つ力強さに無信仰な私は確実に動揺しています。もしかしたら、明日にはアッラーに礼拝しているかもしれません。イスラム信徒の誕生でしょうか。
読んだ感想としては、信仰者と不信仰者のそれぞれの末路が、はっきりと書かれていて驚きました。(地獄の劫火と楽園)もしも、コーランに書かれていることが真実であるならば、日本人の大半は地獄行きということになります。そう考えると少し、いや、かなり不安になってきました。読んでいて怖くなりました。復活と最後の審判は来るのでしょうか。本当のことを知りたいと思う今日この頃です。
コーランが放つ力強さに無信仰な私は確実に動揺しています。もしかしたら、明日にはアッラーに礼拝しているかもしれません。イスラム信徒の誕生でしょうか。
異文化理解として
人類は何度唯一神を忘れてきたのか?
人間は忘れやすい生き物なのか?
時が経つにつれて重要なことであるとされてきたものごとが
何もしなければ消滅していくことの一例でしょう。
「1930‐45年戦争」の歴史をきちんと学ぶこと、
そして伝えていくことの重要性を再確認することができました。
何はともあれ、丁寧な注釈のおかげでイスラームの方々の考えを理解することができました。
人間は忘れやすい生き物なのか?
時が経つにつれて重要なことであるとされてきたものごとが
何もしなければ消滅していくことの一例でしょう。
「1930‐45年戦争」の歴史をきちんと学ぶこと、
そして伝えていくことの重要性を再確認することができました。
何はともあれ、丁寧な注釈のおかげでイスラームの方々の考えを理解することができました。
「アリフ・ラーム・ラー」です。
井筒氏の偉大な仕事は、この『コーラン』およびイスラムに関する著作だけでなく、仏教思想を中心に東洋思想全般に対する広汎な知識に基づいて書かれた力作『意識と本質』なども文庫化されており、それらが安価に手に取ることが出来る幸せを感じないではいられません。
さて、今回レビューを書いたのは、井筒「解説」の『コーラン』10章および12章の冒頭に記されている「謎の頭文字」が現行の他の『コーラン(クルアーン)』とは異なっている点を指摘したかったからです。
10章と12章共に「アリフ・ラーム・ミーム」と記されている部分が、
現行の聖典ではどちらも「アリフ・ラーム・ラー」となっています。
もともと意味が不明の部分ですし、違っていてもさしたる影響はない、とも言えそうですが、はたしてそう言い切ってよいものかどうか…とも思います。
岩波書店の方がどなたかご覧になられましたら、ぜひ一度チェックをお願いいたします。
さて、今回レビューを書いたのは、井筒「解説」の『コーラン』10章および12章の冒頭に記されている「謎の頭文字」が現行の他の『コーラン(クルアーン)』とは異なっている点を指摘したかったからです。
10章と12章共に「アリフ・ラーム・ミーム」と記されている部分が、
現行の聖典ではどちらも「アリフ・ラーム・ラー」となっています。
もともと意味が不明の部分ですし、違っていてもさしたる影響はない、とも言えそうですが、はたしてそう言い切ってよいものかどうか…とも思います。
岩波書店の方がどなたかご覧になられましたら、ぜひ一度チェックをお願いいたします。

コーランは読み物ではないので,外部の者がその内容を知ることはなかなかできなかったのを,この本は,ならばせめて「どんな内容なのか」を日本人が知ることができるように,と許可をとって現代語で訳してくれたものとのことです。
「コーランを忠実に再現するために重厚な言葉に訳す」のではなく,
あくまで「内容がわかるように」「平易な口語に訳してくれた」ことがこの本の貴重さだと思います。
ですから,コーランの内容は訳されていても,コーランの空気は再現していない,ということは承知しておくと良いでしょう。